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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)9942号 判決 1960年1月28日

原告 平沢郡造

被告 中村光治

主文

被告は原告に対し、金三三〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三二年一二月一九日から支払済みにいたるまで年五分の割合による金銭を支払うこと。

原告のその余の請求は棄却する。

訴訟費用はこれを四分し、その三は被告、その余は原告の負担とする。

本判決は、原告において金一〇〇、〇〇〇円の保証を供するときは、原告勝訴の部分にかぎり、かりに執行できる。

事実

(原告の申立及び請求原因)

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金四〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三二年一二月一九日から支払済みまで年五分の割合による金銭を支払うこと。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

(一)  被告は昭和二六年一月一〇日原告ほか二名を相手方として、詐害行為取消等の訴を提起した。その係争事実は次のとおりである。

原告は、昭和二五年一二月二二日訴外内田由松所有にかかる

(1)  東京都千代田区神田鎌倉町一六番地の一三宅地一九坪一合(以下(1) の宅地という)

(2)  同所同番地家屋番号同町一六番の六、木造亜鉛葺二階建居宅一棟建坪一三坪二合五勺、二階一一坪二合五勺(以下(2) の居宅という)

(3)  神田局五二五四番の電話加入権架設場所同都同区同町七番地の四

(4)  同都同区同町一六番の五宅地三三坪四勺(以下(4) の宅地という)

を同人から買受けた。原告は右(1) の宅地及び(2) の居宅について、昭和二五年一二月二五日東京法務局台東出張所受附第一七九号売買による所有権移転取得登記をし、(4) の宅地は更にこれを訴外蘇原二良に売渡し同日内田から蘇原に対する中間省略による所有権移転登記をし、(3) の電話加入権については、その頃株式会社平沢商店に名義変更手続をした。被告は、右内田と原告の間の売買契約が詐害行為であるとの主張のもとに、原告らを相手方として、詐害行為取消の訴を提起したものである。

(二)  右の訴訟の結果、第一審(東京地方裁判所昭和二六年(ワ)第一二三号、昭和二七年一二月二八日判決言渡)においては原告が敗訴したが、控訴審(東京高等裁判所昭和二八年(ネ)第三六一号、同年一二月一〇日判決言渡)及び上告審(最高裁判所第一小法廷昭和二八年(オ)第一四二二号、昭和三二年七月一〇日判決言渡)においては原告が勝訴し、原告勝訴の判決が確定した。

(三)  被告は右訴訟の係属中、原告を相手方として、前記(1) (2) の物件について右訴訟と同一の理由により処分禁止の仮処分の申請をし、昭和二七年一〇月一六日東京地方裁判所昭和二七年(ヨ)第五三六〇号仮処分決定(保証金二〇〇、〇〇〇円)を得、同月一七日これを執行した。

(四)  又被告は、前記訴訟提起に先立ち、昭和二五年一二月二五日、前記(2) の居宅内にあつた原告所有の応接セツト(品目左記のとおり、前記物件とともに原告が内田から買受けたもの)を原告に無断で持ち去り、その回収は不能になつた。

品目         員数       単価       金額

布施張長椅子       一  二五、〇〇〇円  二五、〇〇〇円

肱掛椅子         二   八、〇〇〇   一六、〇〇〇

小椅子          二   二、五〇〇    五、〇〇〇

応接用電熱器一〇〇ボルト 一   二、〇〇〇    二、〇〇〇

丸テーブル        一   二、〇〇〇    二、〇〇〇

合計                      五〇、〇〇〇

(五)  およそ、他人間の正常な売買を詐害行為なりと主張して、詐害行為取消の訴を提起し、又これを本案とする仮処分の申請をするには、これに先立つて売買の経緯、売人と買人の関係、買人の善意悪意等の点について慎重な調査を遂げ、詐害行為が成立するとの確信を得た後にすべきである。それは社会生活上当然要求される注意義務である。被告は右の注意義務を尽さないで、漫然原告を相手方として、右訴提起及び仮処分の申請に及んだのであるから、それは被告の過失にもとずく不法行為である。

(六)  被告の右の不法な訴提起、仮処分、及び(四)の物件の無断持去りにより原告は、次のとおり物質的、精神的損害を蒙つた。

(1)  物質的損害

(イ) (四)の応接セツトの持去りによるその価格相当の損害金五〇、〇〇〇円。但しその内金二五、〇〇〇円を請求する。

(ロ) 被告の不法な訴提起に対し応訴するために支出した弁護士費用合計金五五五、〇〇〇円。その内訳は次のとおり

(a) 金二〇、〇〇〇円 第一審の上条弁護士に対する報酬

昭和二六年二月五日支払

(b) 金三五、〇〇〇円 控訴審の加藤晃弁護士に対する報酬

昭和二八年二月二六日支払

(c) 金五〇〇、〇〇〇円 控訴審及び上告審における加藤晃弁護士に対する報酬

但し内金一〇〇、〇〇〇円は昭和二八年一二月一一日

内金二〇〇、〇〇〇円は昭和二八年一二月二三日支払

内金一〇〇、〇〇〇円は昭和二九年三月一二日支払

内金一〇〇、〇〇〇円は昭和二九年三月二九日支払

但し右の(a)の内金一〇〇、〇〇〇円、(b)の内金一七、五〇〇円、(c)の内金二五〇、〇〇〇円を請求する。

即ち、原告は(イ)(ロ)の合計の内金三〇〇、〇〇〇円を請求する。

(2)  精神的損害

原告は被告の不法な訴提起により心労の余り上膊神経痛及び精神神経障害に起因する慢性胃腸疾患にかかり、昭和二六年三月七日頃から昭和二八年九月一〇日頃まで東京都千代田区神田鎌倉町九番地神田診療所に通院治療を受け、精神的苦痛を蒙つた。その他名誉及び社会的信用も毀損された。これに対する慰藉料は一〇〇、〇〇〇円が相当である。

(七)  原告は、右の物質的、精神的損害の合計四〇〇、〇〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和三二年一二月一九日から支払済みまで法定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べた。

(被告の申立及び答弁)

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求原因に対する答弁として、

請求原因第一項記載の詐害行為取消の訴提起、同第二項記載の右訴訟の経過、同第三項記載の仮処分の申請、決定、執行の事実及び同第四項記載の物件の内長椅子一個、小椅子二個を被告が持去つたことは認めるが、その他の主張事実は争う。

右詐害行為取消の訴提起及びこれを本案とする仮処分の申請は慎重な事前調査を経て、詐害行為成立の確信にもとずいて行つたものであつて、不幸にして控訴審及び上告審において敗れたとはいえ、原告主張のような過失はなかつたものである。

と述べ、その主張の詳細については、別紙準備書面(昭和三四年一二月二三日附)のとおり陳述した。

(証拠関係)

原告訴訟代理人は、甲第一号証、第二号証の一乃至六、第三乃至第八号証を提出し、証人内田由松、同加藤晃の尋問を求め、乙号各証の成立は認めると述べた。

被告訴訟代理人は乙第一乃至第三号証を提出し、証人内田由松、同前川源、同平本隆吉の尋問を求め、甲第三号証の成立は知らない、甲第六乃至八号証の原本の存在及び成立を認める。その他の甲号各証の成立を認める、と述べた。

理由

(一)  詐害行為取消の訴提起による不法行為の成立

被告が、原告を相手方として、原告主張のとおりの詐害行為取消の訴を提起し、右訴訟が原告主張のとおりの経過により結局被告の敗訴に帰したことは当事者間に争いがない。

そして、原告は、右の訴提起は被告が事前調査の注意義務を尽さなかつた過失にもとずくものであると主張し、被告はこれを否認し無過失を主張するので、先ずこの点について判断する。

証人平本隆吉の証言によれば、被告は、右訴提起に先立ち、平本弁護士を通じて、内田と原告の間の宅地家屋の売買契約について調査を進め、同弁護士は、原告及び仲介人高木孟夫を訪問して売買の経過について質問したところ、同人らは怒つて回答を拒絶したので、それまでの調査により明らかになつた事実、即ち、

1、右不動産の売買は年末の処分であること

2、売買の目的物件が内田の事業財産の一括処分であること

3、売主である内田は、移転先を買主である原告に明らかにしないこと

4、内田は右不動産の売却を非常に急いでいたこと

5、売買価格が時価より低廉であること

等の諸事情を綜合し、右売買が詐害行為であり、しかも原告が悪意の受益者であると判断して、右詐害行為取消の訴を提起したことが認められる。しかし、詐害行為取消の訴は、債権者が債務者と第三者間の取引に介入し、その効力を覆滅させる行為であるから、その行使に当つては、第三者との関係において極度に細心の注意を払い、充分な事前調査を行うべき社会的義務があることは、法的安全の立場から見て当然である。そして、第三者を悪意の受益者と判定するについて、一の重要な要素となるものは債務者と第三者の平素の関係であることは経験則上明らかであるから、この点についても当然調査を進めるべきである。平素債務者と何の関係もない見ず知らずの第三者が悪意であると判断するためには、何か特別の事情がなければならない。平本弁護士は、原告及び仲介人高木が回答を拒否したため、そこで調査を打切り、内田、高木、原告の関係についての充分な側面調査を怠り、原告を悪意の受益者と速断し、被告はその助言にもとずき同弁護士を代理人として早急に右詐害行為取消の訴を提起したため、控訴審において敗訴したものであることは、成立に争いない甲第五号証からも充分うかがわれるところである。

被告が右訴提起に当つて尽すべき事前調査の注意義務を充分尽さなかつたことは、右に述べたところにより明らかであるから、この点に被告の過失が認められる。従つて、被告の右訴提起は、原告に対する不法行為を構成する。

(二)  物件(応接セツト)持出による不法行為

成立に争いない甲第一号証、証人内田由松、同前川源の証言を綜合すると、原告と内田の間の前記土地家屋の売買契約の目的物件の中に、原告主張の物件(応接セツト)が含まれていたこと、及び被告がその引渡前に売人である内田の制止を聞かずに右物件を前記(2) の家屋から持去つたことが認められる。そして売買契約の目的物件の所有権は特約なき限り、契約の時に買主に移転するのであるから、原告はその引渡をまたずに右応接セツトの所有権を取得したものであり、被告は原告に無断でこれを持去つたのであるから、これにより原告の所有権を不法に侵害したものであることは明かである。(なお被告は不法行為者であるから、引渡前であつても対抗力の問題を生じない。)そして、右物件が現在回収不能であることは、弁論の全趣旨により認められるから、被告は原告に対してその価格を賠償すべき義務がある。

(三)  損害の発生及び金額

(イ)  物質的損害

(a)  物件(応接セツト)持出による損害

原告主張の応接セツトの価格が五万円であることは、成立に争いない甲第一号証により明らかであり、被告がこれを賠償すべき義務あることは、前述のとおりである。

(b)  弁護士費用

原告が、被告の右の不法な訴提起に対して応訴するために、弁護士を訴訟代理人として依頼し、第一審から上告審までに、合計五五五、〇〇〇円の弁護士費用を支出したこと及びそれが弁護士報酬の相当額の範囲内であることは、成立に争いない甲第二号証の一乃至六及び証人加藤晃の証言により認められる。そして、不法な訴提起に対して応訴するために弁護士を依頼することは、強制弁護の制度の有無を問わず、少くとも法治国においては当然予想されるところであるから、弁護士費用は通常生ずべき損害として、不法行為者が賠償すべきものである。従つて被告は右の弁護士費用五五五、〇〇〇円を原告に賠償すべき義務がある。

そして、原告は右(a)(b)の物質的損害の内金三〇〇、〇〇〇円の賠償を求めるのであるから、右の請求金額は全額正当である。

(ロ)  精神的損害

右に述べた被告の不法な訴提起により、原告が勝訴の判決を得るまでの間、長期間にわたり不安な地位に立たされ、相当心労し、精神的苦痛を蒙つたことは、弁論の全趣旨により明らかであるが、これに対する慰藉料額は三〇、〇〇〇円が相当である。

(四)  結論

よつて、原告の請求は、右に述べた物質的精神的損害の合計三三〇、〇〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和三二年一二月一九日から支払済みまで法定の年五分の割合による損害金の支払を求める範囲において正当であるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用について民事訴訟法第九二条を、仮執行の宣言について同法第一九六条を、各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺均)

準備書面

原告 平沢郡造

被告 中村光治

右当事者間の御庁昭和三二年(ワ)第九九四二号損害賠償請求事件につき被告は左の通り弁論の準備する。

昭和三十四年十二月二十三日

被告代理人 平本隆吉

〃 平本祐二

東京地方裁判所民事第七部 御中

第一、被告原告間の東京地方裁判所昭和二六年(ワ)第一二三号詐害行為取消等請求事件(以下本事件と称する)提訴についての被告の責任。

被告は、本事件提訴に際し、後に列記する通り、行ひうる限りの事前調査を尽しており、その結果被告の請求が認容される事が一応客観的に認められると判断されたが故に提訴したものであるから、原告主張の如き過失はないものと考える。即ち、

一、被告の調査

証人平本隆吉の証言により明らかな如く。

(一) 被告は、昭和二十五年十二月当時訴外内田由松に対し約二百万円の債権を有していたが、実質的には右内田の個人経営する多摩繊維株式会社が経営不振に陥つたため、右内田を信用し得なくなり、本事件の代理人弁護士平本隆吉と相談の結果、右内田の所有する不動産等(訴状請求の原因第一項記載の物件。以下本不動産と称する)を仮差押しようと考え、同月二十五日、本不動産所在地を管轄する東京法務局台東出張所より登記簿謄本の下附をうけ閲覧したところ、同日右内田は本不動産を原告に(一部は訴外蘇原二良に)売渡し、その登記を経由している事を発見した。

(二) そこで、被告は、右平本隆吉と共に、訴外前川源(右内田の近隣に住み、右内田と密接な取引関係を有する債権者)について調査の結果、右内田は本不動産以外殆んど他に資産なく、以前も既に経済的な面で他人に迷惑をかけた事のある信用のおけない者であり、他にも多額の債務が存し、当時事務所に全く姿を現わさず、かえつて右内田の唯一の資産ともいうべき本不動産を買つたと称する者(原告又はその関係者と思われる)の現われた事等を知つた。又右内田は以前青梅に工場を所有経営していたかの如く称していたので、之について調査したところ経営者は右内田ではなく、しかも工場等建物の所有権も内田にない事が判明した。

(三) 又、被告は右平本隆吉等と共に、本不動産売買の経緯、売買契約の内容、売主である右内田の転居先等につき尋ねるべく、登記簿上、買主として記載されている原告を訪問したところ、原告はこの点について何故か素直な説明を回避し、多少の事に絡んで却つて怒り出し取り付く島もない結果に終り、只漸くにして知り得た事は本不動産が時価二百万円を下らないもりでありながらその代金は百十万円という低廉な額である事及び仲介人に訴外高木孟夫が介在するという事だけであり、内田の移転先も知らないとの事であつた。

(四) 更に、被告は右平本隆吉等と共に右高木孟夫を訪問したが全然弁解する必要はないというのみであつて是亦如何とも手の施し様もない有様であつた。

二、右調査事実に基く判断

(一) 前項の事実の内(一)及(二)を綜合して、被告は右内田の本不動産処分行為が、債権者である被告を詐害するものであり、且又之について内田が悪意なる事が明らかであると判断したものであるがそれが誤りでなかつた事は、本事件の第一、第二審の判決によつて明らかである。

(二) 更に、元来詐害行為取消訴訟においては、提訴者は、債務者の財産処分行為が債権者を害するものであること、且債務者の悪意を主張立証し得れば足りるものであるが、受益者若しくは転得者は詐害の事実について善意である場合にはその請求を免れることになるのでこの点を慮り、被告は受益者原告について本不動産買受けについての事実を調査し、その結果如何によつては、本事件提訴を断念せざるを得ないかとも考えていたのであるが、前記(三)及び(四)の通り原告は理由なくその事情の説明を拒否し、被告をして悪意でないかの疑を深めしめるのみであつた。結局前記調査事実を要約した左記の諸点、即ち、

1 本不動産の売買は年末の処分であること、

2 売買の目的物件は或る事業財産の全部の一括処分である事

3 売主である内田は移転先を買主である原告に明らかにしない事、

4 内田は本不動産の売却を非常に急いでいた事、

5 売買価格が時価より非常に低廉である事、

等を綜合すれば、原告が悪意である事は一応推認しうるところであり、之に対し原告がその然らざる所以を説明納得せしめない限り(しかも原告には被告の本事件提訴前、その機会は充分あつたのである)被告が原告に対し本詐害行為取消訴訟を提起するにいたつたのも亦当然と云わなければならない。現に本事件の第一審裁判所は被告の右の如き主張を全面的に採用して居り、この点よりみても被告において原告が一応悪意であると認め提訴したことは何等過失がないと云わなければならない。尚、第二、三審においては、原告の善意が認められ、原告勝訴となつたものであるがその勝訴は必ずしも前示被告の提訴そのものに関する無過失性を左右するものでなく、訴訟の勝敗と提訴についての過失の有無とは別個の面において考察さるべき問題である事は云う迄もない所である。

更に又、訴訟の内容それ自体から見るも、勝敗の実質的差異は殆んど紙一重の差であつた事は被告が第一審において勝訴した事によつて明らかと云えるからこの点からするも被告の提訴には全く過失がなかつたとされるべきである。

第二、本事件上告についての被告の責任。

原告は、被告が特段の理由もなく上告したと主張するが、

一、被告は、本事件の代理人弁護士平本隆吉と相談の結果、本事件の第二審判決理由が民法第四百二十四条の規定の適用に当り、受益者の善意を認定するには充分な証拠に基くことを要するとなす大審院の判例(大判昭和五・五・八法律新聞三一二八号、大判昭六・九・十六民集一〇・八〇六等)の主旨に反し、悪意を推認すべき前記の諸事情を全く無視し、単に害すべき事実を知らなかつたとのみ認定し、経験則に違反し、且主張立証責任に関する法令の解釈を誤つたものと判断した結果上告したものであり、特段の理由もなく上告したと言う事は出来ない。

二、しかも証人加藤晃の証言及甲第二号証の四の記載によれば、原告とその代理人加藤晃との間では上告審の手数料礼金は無料との約であつたのであるから原告の主張する如き上告による損害は存在しない。

第三、仮処分執行についての被告の責任。

一、被告に過失のないこと。

被告のなした昭和二十七年十月十六日東京地方裁判所昭和二十七年(ヨ)第五三六〇号仮処分決定に基く本不動産に対する譲渡等処分禁止仮処分(以下本仮処分と称する。)執行は、被告の過失に基くものではない。

(一) 本仮処分の被保全権利の存在に関する判断について被告に過失のないことは前二項において既に述べた通りである。

(二) 本仮処分の必要性の判断に当り被告に過失のないことは左記事情により明らかである。即ち、

証人平本隆吉の証言の如く、被告は、原告が一応信用のおける人物であり、転売の可能性なしと考え、たとえ転得者が現れても損害賠償の請求が出来る状態と考えて本事件提訴前には仮処分申請を為さなかつたものであるが、訴訟の進行に伴い、蘇原二良は内田から直接本不動産の一部を買受けたものではなく原告から之を転得した事を発見したので当然残部についても転売の可能性がありと考え、且又当時は不動産が値上りしている時期のため、単に損害賠償の請求のみでは不安を感じ、原告に対する信頼感を失い、しかも本事件の第一審終結近く被告勝訴の可能性濃厚にありと判断した結果本仮処分の申請をしたものである。

更に、原告は被告の本仮処分執行の後、本事件裁判確定迄遂に異議の申立をせず、且又裁判所外において異議の申出をした事はない。従つて原告は本仮処分の執行を容認していたものと考えられる。

(三) 過失の推定について。

一部の判例学説が仮処分取消の場合の損害賠償請求について仮処分債権者に過失の推定を認めるものがないでもないが、(更に或る一部の学説は無過失責任を主張するが、この種の損害賠償について、民法の規定に従う現行法制上之は採りえないと言うべきである。)仮にこの論に従ひ過失に関する立証責任が転換されたにせよ、本件の場合本仮処分を申請するに際してその被保全権利の存在、並にその必要性について、被告は前記の如く慎重な調査並に判断に基いてしたものであるから、本仮処分申請には「相当ノ理由」(大審・明四一・七・八・民録一四輯・八四七頁)があるというべく、従つて被告に過失のないこと」は明かであると考へる。(尚過失の推定を覆すに足る相当の理由ありと認めた事例として、大阪地・大・一〇・六・二五・評論一〇巻・民訴四二四頁の裁判例を参照され度い。)

二、原告の損害のないこと。

仮に、被告に過失ありとしても、原告は本仮処分執行により何等損害を被つていない。もし本仮処分により精神的苦痛及名誉信用上の損害を受けたとするならば、原告は直ちに、仮処分の理由なしとして異議を申立てる筈のものであるが、前述の如く異議の申立がなかつた事は、かゝる苦痛損害は無かつた事を推認させる。

更に、本仮処分は登記簿上為されるに止るのであるから、その相手方に対し格別の苦痛、損害を与える筋合のものではない。

仮令もし原告において格別の苦痛損害を被つたとしてもそれは原告自身の特異性に基く特別の損害であつて被告の通常予見しうる処ではない。従つて被告は之に対し何等の責任もない。

第四、長椅子等持出に関する被告の責任。

昭和二十五年十二月二十五日、被告が原告所有の物件(原告の第一回準備書面記載の物件、本物件と称する。)を持ち去つた旨原告は主張するが、被告が長椅子一個、小椅子二個を持ち去つた事実は認めるが、他の点はすべて争う。

一、証人前川源の証言により明らかな如く、被告の待ち去つた物件は右の三点以外には存しない。証人内田由松の証言では、本物件全部が持ち去られた如くであるが同証人は本物件の存した場所にこれらの物が無かつた旨証言しているに過ぎず、外のトラツクに積み放しになつていたか又は同証人の要求によりトラツクから降されそのまゝになつていた可能性がある。従つて同証人の証言はそのまゝ採用し得ない。

二、被告の持ち去つた物件が、原告主張の如き品目であるにしても又被告主張の如く単に三点に止るにしても、右物件は原告の所有に属しないものである。

(一) 前川源の証人訊問調書の記載及証人内田由松の証言により明らかな如く右物件を原告に売却した内田由松は、被告の右物件持出しの際トラツクの傍に居たものであるから右内田は右物件の持出しを承認したと云う事が出来る。即ち、右内田は、右物件を被告に代物弁済として引渡したものであり、従つて、当初右物件について右内田、原告間に売買契約が締結されていたにしても被告は右物件について有効に所有権を取得し、かつ有効に対抗要件を具備したのである。従つて、原告は被告に対し損害の賠償を請求する事は出来ない。(最判昭和三〇・五・三一民集九・六・七七四)。

(二) 仮に然らずとし、又本不動産の売買の対象に原告主張の右物件が含まれていたにしても、その後右物件(それが原告主張のものすべてであるにせよ)は被告により持ち出されたため、本不動産売買契約の対象から除外され、即ち右物件については合意解除が為されたのである。それは証人内田由松の証言より明らかな如く右売買の代金が五万円減少する事になつた事実から推認出来る。原告は、後に五万円は支払われたのであり従つて右物件について合意解除なしと主張するが、証人内田由松の証言の如く、右五万円は右物件の対価ではなく、内田由松が金が欲しく原告に泣きついて得た金員にすぎない。もし対価であるならば当然請求し得べきものであり泣きついて支払われるべきものではない。従つて原告は右物件については所有権を有しなかつたというべきである。

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